第20回 台南の灯台巡り
    2013年11月23日〜26日


ライトハウスラバーズ台湾の灯台めぐり ?台南編
2013 年11 月23 日、ライトハウスラバーズの有志16 名は「台湾の灯台めぐり ?台南編?」に参加すべく、6時45 分、羽田空港に集まった。台湾への灯台めぐりは今回で2 回目。前回は台湾の北半分を巡ったので、今回は憧れの高雄灯台のある南半分を巡るのだ。(前回の旅行記は燈光2012 年○号に掲載していただいております。)前回の旅で度肝を抜かれたのは、我らが名誉会長である玉宮さんがパスポートをお忘れになって、空港でハンカチをふって泣き別れとなったこと。今年こそはと、「パスポート持った?」を合い言葉に、玉宮さんは全員からしつこいほど確認をされて、ようやく無事に出国する事ができた。(しかし出国手続き後、搭乗券を無くして搭乗カウンターで再発行をしてもらうというアクシデント有り。さすが名誉会長!)

ミヤサコとの再開
台北の空港では、前回もお世話になったガイドの「ミヤサコ」がお出迎え。(芸人の宮迫博之さんによく似た日本語ができる台湾人のガイドさんです)一年ぶりなのに、ひとりひとりの顔と名前を覚えていて彼のプロ魂を感じる。でもミヤサコのプロ魂は時に容赦がない。台南行きの新幹線に絶対に送れてはならないという使命感が強すぎて、台北の駅ビルでとった食事の時間は短すぎ、ホームで電車を待つ時間は長過ぎた。でも私たちは大人だし、灯台を愛する者として精神レベルが高いのでだれも愚痴を言う人はいなかった。
台湾の新幹線は日本のものと何も変わらなかった。「次は新大阪〜」ってアナウンスが流れてきたとしても誰も驚かなかっただろう。それもそのはず。日本と同じ車体だそうだ。でも外装の色は違い、オレンジ色のラインが入っていた。台南の駅では、新幹線グッズが自動販売機で売ってあって、灯台マニアよりも電車マニアの方がやっぱり多いのかと、すこしジェラシーを感じた。
この日は、バスでそのままホテルへ直行し、明日からの灯台巡りに備えて体力を温存することになっていた。食事はホテルのレストランにてビュッフェスタイル。結論から言うと、この旅の食事はビュッフェが多すぎた。
ミヤサコ曰く、台湾の旅行者にビュッフェは人気があるとのことだけど、私たちは地元の食堂の作りたての料理の方が何倍も口に合った。灯台を愛する我々はみな口が肥えており、ビュッフェスタイルのいっぺんに作った感じの料理では満足できないのだ。これには精神レベルの高い我々からもアンチビュッフェの声が聞こえてきた。まぁ、紹興酒さえ出てくれば機嫌は良くなりましたけどね。

ビンロウとの出会い
翌日、快晴。バスでガランピ灯台へ向かう。途中で寄ったサービスエリアでは日本と同様、色々な食べ物を売る屋台とコンビニで構成されていた。コンビニでパイナップルビールを買う。この旅のいいところは、バスの運転手さんとミヤサコにすっかり身を預けて、我々は飲む事と灯台を愛する事に集中できることだ。車窓には台南ののどかな風景が流れていく。
バスはすーっと停車した。もうガランピ灯台に着いたのか?と思ったら、ミヤサコが、前回の旅でも話題となったビンロウを買ってきた。ビンロウとは植物の実で、噛みタバコのような効果がある。噛んでいるとカーっと熱くなってちょっぴり酔っぱらうらしい。なぜ前回話題となったかというと、ビンロウ屋さんの看板がちょっと色っぽいのだ。ビキニ姿のおねえちゃんの写真が使ってあったり、実際に売っているおねえちゃんも胸元を強調するような服を着ていたり・・・。主な顧客がトラックの運ちゃんということで、その理由は納得できた。車窓から見えるビンロウ姉ちゃんを目の皿のようにして眺めては、「売っているのはビンロウだけではないんじゃないか?」などと、下世話な話を興奮気味にしていたのだ。(もうそんな歳ではなかろうに・・・)そうして今回ついに、ビンロウが配られた。これがビンロウか・・・。

見た目は、食べ終わった笹団子の葉っぱを丸めたやつみたい。落ちてても絶対ひろわないようなやつ。要するに一見ゴミです。興味はあったが、おなか壊したくなかったので、ミヤサコには見えないようにそっと捨てた。
ごめんね、神経質で。

鎧をつけた騎士のように素敵なガランピ灯台
バスはついにガランピ灯台へ到着した。そこは公園として整備されていて、緑の芝生がひろがり、とても綺麗な場所。沢山の人たちが遊びに来ていた。台湾のティーンエイジャー達もピクニックであろうか、私たちが灯台の写真をパシパシ撮っていたら、その姿にカメラを向けてくる。灯台よりも灯台に群がる日本人の方が珍しいのか?
ライトハウスラバーズ代表の山口氏は持ち前のフレンドリーさを生かし、ティーンエイジャーたちに話しかけ、すぐに仲良くなった。あげくに一緒に肩をくんで写真を撮っていた。灯台による国際交流だそうだ。若い女の子が好きなだけに感じたが・・・。
そして肝心の灯台はというと、まるで鎧を身につけたような勇ましさ。その奥に潜む誠実さ。白い鉄の外装が青い空に映えて素晴らしい存在感だった。カーテンに隠れてレンズは見えなかったが、資料室があり、使われていたマントルや電球などを見る事ができた。私は電化する前の光源にとても興味をもっているので、ヨダレがでるほどのお宝に見える。玉宮さんが資料を前にいろいろと説明をしてくれた。灯台守だった人と灯台巡りができるなんて、私はなんて幸せなのだろう。


その日のお昼ゴハンは海鮮料理だった。蒸しエビや、魚の丸揚げなど、シンプルかつ大胆な調理法。タマネギが名産らしく、どの料理にも沢山入っていた。私はタマネギが苦手だが、台湾ビールと紹興酒でそれらを流し込み、ガランピ灯台をまぶたにうつしてご機嫌だった。そうそう、これからガランピ灯台へ行く方へアドバイス。ガランピ灯台にはキーホルダーやハガキや置物など、いろいろな灯台グッズが売っているけど、売店よりも道ばたで売っている屋台のほうが同じものでも値段が安いし、おまけもしてくれるし、入れてくれる袋も灯台がデザインされているのでオススメです。

憧れの高雄灯台
バスは一路、高雄灯台へ。バスから降りて30 分ぐらいアメ横のような賑わいの商店街をぬけ、その雑然とした雰囲気を背にちょっとした山を登ると、それはそれは美しい高雄灯台が現れる。ハリハンのところもお洒落だし、手すりも凝った感じになっている。1883 年にイギリス人技師によって建設され、日本統治時代の1918 年に改修が必要となり、日本人によって改築された灯台とのこと。この灯台にも観光客が多く来ていて、台湾の人たちは、「この灯台は日本人が改築してくれたんだよ」って言ってくれて、気持ちがギューっとなるくらいうれしくて、そんな風に感じてくださる台湾の人の心の優しさに涙があふれてきた。台湾の海をずっと守ってきた高雄灯台。これからもずっとずっと、美しく頼もしい灯台でいてください。
南の日差しは強いからか、ここもカーテンをひいていた。私はレンズが大好きなので、ここでもレンズを拝む事ができなくて残念。日も落ちてきて、あと1時間もすれば点灯するのではないかと考え、それを待っていたかったけど、ミヤサコは夕ごはんに間に合わなくなると許してくれなかった。それでもあきらめきれず、帰り道、なんども振り返っていたら、別れを惜しむ私に手を振るように、高雄灯台は光ってくれた。うれしかった。やっぱり灯台は優しい。次に行く事があれば、光っているところをもっと近くからみたい。
この後、12 月のアメ横のような賑わいの商店街を物色するのはとても面白かった。灯台グッズも少なからずあったし、日本でいう大判焼きのようなものもあった。それがなぜかウンコの形をしていて、台湾の子どもがおもしろがって食べていた。びっくりする程太ったダックスフンドもいて、いろんな人に写真を撮られていた。ちょっとかわいそうだった。メンバーのお一人がはぐれてしまって、ミヤサコが青い顔をして行ったり来たりしたり、フェリーに乗ったりした。

強風の中の灯台めぐり
次の朝、待ち合わせ場所であるホテルのロビーには「燈塔協會」の立て札があった。私たちの事ですね!ホテルの方ありがとう!(笑)みんなおもしろがって立て札の写真を撮った。

この日は天気はよかったが、風がすごく強かった。出会った灯台は2つとも鉄筋タイプで、その鉄筋の間を通る風の音がぼぉぼぉと耳にのこっている。
1つ目の灯台はグォシェン灯台。ここは周辺になにもない土地ながら野鳥を観察できる場所として有名みたい。近くにも野鳥を観察するための施設が建っていた。でも私たちがカメラを向けるのはもちろん灯台。
灯器はイイコイイコってしたくなるような、可愛いタイプ。遠目にみると白黒の鉄塔に赤いベレー帽をかぶったような姿。

高雄灯台とはまったく違うタイプだけど、こんな灯台も愛おしいと思えるようになった私は、着実に灯台への愛を深めていると実感した。そして灯台とのツーショット写真を撮ろうとしてたらこの通り。風に舞うみだれ髪。

Facebook にアップしたら、それを見た友達の子どもが怖がって泣いたらしい。髪の毛オバケって。2つ目の灯台は安平灯台。近くにはヤシの木が生えていて南の島っぽい雰囲気。カラッとした雰囲気をもつ灯台です。風が強くなければ登れる予定だったのですが、危ないということで登れませんでした。残念だったな。
台南で陸上から行ける灯台は少ない。船で島の灯台を目指したいところだけど、それには3 泊4日だと時間がたりないようだ。今度はゆっくりと離島の灯台めぐりもしにきてくださいとミヤサコが行ってくれた。

大好物のシャーソン
この日の昼食では、私の大好物のシャーソンが出た。 ミヤサコに直々にリクエストしていたものだ。シャーソンというのは、エビのみじん切りに、野菜と揚げパンの砕いたやつが混ざっていて、それをレタスで包んで食べる。レタスのシャキッとした水々しい歯ごたえのあと、エビのプリッとした食感、続く揚げパンのカリッとサクッとした食感が続き、海鮮のダシが染みた野菜の香りが鼻に抜ける。
食感と香りのハーモニーを愉しめる食べ物。前回の台湾旅行で虜になったのだが、日本ではお目にかかれない。これに紹興酒はまた格別。この日のお昼は、台南の台湾本島の灯台を制したという達成感からか、皆さんお酒が進んだ。昼からよく飲むなぁというお店の人の反応を横目にだいぶはしゃぎました。私のメモが残っている。「16 人で瓶ビールをさんざん飲んだ後、紹興酒にワインまで次々にあけて、16 人で酒代を割り勘したら580 円にしかならなかった。(料理台は別)安すぎる。」
そうしてふらふらに酔っぱらった我々を載せて、新幹線は台北へ戻った。

白沙岬灯台のレンズと再訪
ついに最終日4日目。この日は前回も行った白沙岬灯台へ再訪。現在でも灯台守の方々に管理をされていてとても美しい灯台。今回もレンズまで登らせていただいた。やっと台湾でレンズに会えた!美しい。フランス製の3等フレネルレンズ。まんまる電球も可愛いなぁ。

「白紅換色閃光?20 秒」って書いてあったので、日本の灯台表的に書くとしたら、「単閃白赤互光 毎20 秒に白1閃光 赤1 閃光」ってことですよね。そして「白色25.7海里」ってことは、白い光の光達距離は48 キロぐらい。
お!すごい。室戸に迫る距離ってこと?ほほぉ、やるなぁ。それにしてもレンズぴかぴか。どうやらマジックリンで磨いているようだ。マジックリンって漢字だと「魔術霊」って書くのね。おもしろい。

灯台守の方は、私たちに色々と説明をしてくれた。質問をしても真摯に答えてくれているのが中国語からも伝わってくる。なのにミヤサコときたら通訳が雑。灯台守さんが30 秒ぐらいかけて話してくれた事を、彼が通訳すると2行ぐらい。え?それだけ?って感じ。割愛しすぎなんだよ。っていうか灯台の専門用語を日本語にするのが難しいんだよねきっと。しょうがないか。
レンズを回していた分銅も残っていた。昔は4時間に1回巻き上げていたそう。


白沙岬灯台の裏手には、灯台の石像が立ち並ぶ公園があった。台湾の主要な灯台を石像に彫るなんて、台湾の方々がどれほど灯台を大切に思っていらっしゃることがわかった。お互い島国ですもの。共に灯台を愛していきましょう!

白沙岬灯台を後にした私たちは、台湾茶、パイナップルケーキ、唐墨と、台湾の定番お土産をどっさりと買い込み、ほくほくとした気持ちで日本に帰った。

旅行記の最後に・・・。灯台マニアのためのフリーペーパー創刊!
この旅を通じて再度感じた事は、年齢も性別も仕事もまったく違う人たちが「灯台」をキーワードに集まって、こんなにも楽しく一緒に灯台をめぐり、お酒を飲みかわすことができるんだなぁということ。私みたいな小生意気な小童も、お心の広い皆さまに暖かく接していただけて、のびのびと灯台を愛する事ができる。本当に心から感謝をしております。

そして、最後にお詫びと言い訳。旅にいったのが2013年の11 月。もう4ヶ月もたってしまった。旅行記を書くと立候補しておきながら、こんなに遅くなってしまって本当にごめんなさい。言い訳をしていいですか?
実は、灯台マニアのためのフリーペーパーを作成するのに時間をとられていました。私事ですが、灯台マニアのための崖っぷちマガジン「灯台どうだい?」を2014 年2 月11 日に創刊しました!

2 月11 日。みなさますぐにピンときて頂けたと思います。そう!観音埼灯台の初点灯の日です。その日にどうしても発行したくて、旅行記が後回しになっておりました。やっと無事に発行することができ、燈光会さまにお許しをいただき全国の登れる灯台にも置かせていただいております。全国の海事系博物館や、海をテーマにしたカフェなどでも置いてもらっています。もしお見かけいただいたら、ぜひ貰っていってください。灯台への愛を満載に、完全に個人で作成、自腹で印刷をした12 ページの小冊子でございます。これから年4回の季刊誌として私の気力と財力の持つかぎり続けていきたいと思います。次号は5月11 日に発行予定です。どうぞよろしくお願いいたします!
なんて、最後は「灯台どうだい?」の宣伝で締めてしまった。ゆるしてちょーだい(ゆるして灯台)。


written by  不動 まゆう


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