第14回 志摩・鳥羽の灯台巡り
    2008年6月15日(日)〜16(月)


 2008年6月15日、ライトハウス・ラバーズの志摩・鳥羽の灯台巡りツアーが幕を開けた。今回も、灯台好きの仲間たち総勢30名が全国各地から参加することとなった。


 集合場所の鳥羽駅は、名古屋から近鉄で一時間半ほどの場所にある。名古屋を出発して30分程すると、車窓の風景は次第に横長に広がる。長閑な風景を眺めながら、お弁当を食べ、仲間との雑談に花を咲かせているうちに、電車はあっという間に鳥羽駅に到着する。
 閑散とした駅の構内で、30名のライトハウス・ラバーズが一際目立っているような気がする。再会を喜び合いながら、一行は船着場へと向かう。海上保安部の小林さんの案内で、
菅島灯台を目指して菅島行きの船に乗るのだ。

 徒歩10分程で到着した船着場は、拍子抜けするほど簡素で、白鳥型のボートが現れそうな雰囲気がする。不安(?)と期待でいっぱいのメンバーを乗せた小型船は、20分ほどの航海の後、
菅島に到着する。
 菅島は、東西約4kmにわたる縦長の島。島に一歩足を踏み入れると、島特有の緩やかな時間の流れが感じられる。港に戻る漁船や小さな商店の入口から、素朴な島の人々の営みを垣間見ることができる。船を降りた一行が、なだらかな坂道を少し進むと、なにやら灯台のような建物が見えてくる。『これが、菅島灯台?もう着いちゃったの?』と思ったのもつかの間、どうやら、それが小学校の校舎だということがわかる。灯台がモチーフになっているとは、さすが!灯台好きのハートを捕らえるデザインに、シャッターを切るメンバーが続出する。
 海沿いの道をしばらく進むと、またしても道草を食う仲間の姿が現れる。好奇心に駆られて近づくと、そこは魚市場だった。漁を終えたばかり漁師たちが、船の清掃をしている姿が見える。水の張られた青いケースには、獲れたての魚介類が種類別に入れられている。「お刺身にしたら美味しいだろうね…」そんな脳天気な会話をしていると、いつの間にか自分が三十名のメンバーのビリグループにいることに気づく。浮気心を制して、前に進まなければ…!
 やがて、風景は海から山に変わり、少し険しい山道が続く。気のせいかメンバーの背中に、疲労の色が見え始める。それにしても、梅雨のせいか瑞々しい新緑がなんとも美しく目にしみる。そして、この静けさ。それだけで、なんとも言えない贅沢な時間をすごしているような気持ちになる。やがて、青々と生い茂るグリーンの中に白亜の灯台が顔を出す。美味しそうな枇杷や可憐なアジサイの花に何度も足を止めながら、目的地の
菅島灯台に全員が無事に集合する。

 
菅島灯台は、明治6年7月に点灯した。周辺は、伊勢志摩国立公園に指定され、伊良湖水道を臨む景勝地となっている。菅島周辺では難破する船が多く、「鬼ケ崎」と呼ばれ、恐れられていたため、1673年(延宝元)、かがり火を焚いて目印とする「御篝堂」がその地に建てられたそうだ。その後、200年にわたって火が焚かれてきたが、1873年(明治6)7月1日に初点灯した現在の灯台へ役目が引き継がれることとなる。
 この洋式灯台は、
英国人技師ブラントンが設計・建設した灯台で、国産の白色レンガが使用されているそうだ。イギリス人による設計のせいだろうか?周辺の景色も手伝ってか、まるでスコットランドの森に紛れ込んだような錯覚に陥る。但し、それもつかの間…。オヤジギャグの飛び交う日本人の群集が、一瞬のうちに私を現実に戻してくれた。

 灯台外部を眺めた後は、小林さんの案内で灯台の内部へ…。重いドアを開けると、窓から優しい光の差し込む空間が現れる。その狭くて居心地の良い空間でじっとしていたい衝動に駆られた方もいたようだ。(お気持ちは分かりますが、後がつかえますので、素早く移動しましょうね。。。)
 ドアや窓枠のデザインは、時の流れを感じさせる趣がありながら、古臭さは全く感じられない。急な螺旋階段を上ると、エメラルドグリーンのフレネルレンズが迎えてくれる。何度見ても、美しい色だ。今では貴重な存在となったフレネルレンズに向かって夢中でシャッターを切る姿も見られる。
 小さなドアを開けて、テラスに出ると、菅島周辺の海と島々の雄大な景色が目に飛び込んでくる。灯台がここに必要なのだろうかと疑問に思うほど、海は波一つない穏やかな表情をしている。頬に当たる海風も心地良い。雄大な自然に包まれて、大声を出したくなる習性を必死で抑えながら、灯台の真下からこちらを見上げて手を振る仲間に応える。

 所々に混じる錆の色が独特の味を出している菅島灯台。深いグリーンの森に佇むその姿は、まるで油絵のようだった。そして、島の道は飽きることがない。鄙びた港の風景も、船に訪れる野鳥も、傍らに咲く花々も、遠方からの訪問者を静かに歓迎するかのような温かさに溢れていた。
 菅島灯台を後にした一行は、本日の宿、
伊勢志摩ロイヤルホテルへ・・・。巨大な宴会場で、地元の食材をふんだんに使った料理を堪能する。自己紹介では、メンバーの意外な一面も顔を出し、笑いの多い賑やかな宴となった。



 ツアー2日目は、午前9時にホテルを出発し、主催者の山口氏が以前から交流のある竹内市長の待つ
志摩市役所を訪問する。柔らかい朝の日差しの差し込む会議室では、地元を案内する資料が配付される。全員が着席すると、早速竹内市長が温かい歓迎の言葉でメンバーを迎えてくれた。一見市長さんとは思えないほど、若々しく気さくな人柄の竹内市長だが、灯台の維持・活用と観光を結びつけることに大変興味を持っているそうだ。
 市長からの挨拶のあとは、「灯台を観光名所としていかに有効活用すべきか」という観点で、ライトハウス・ラバーズ、志摩市役所の方々との間で自由な意見交換が行われる。大王埼灯台のヨーロッパ風な円柱と庭のスペースを活かして、デートに訪れる若者をターゲットにしたオープンカフェをつくる、お蔵入りしているフレネルレンズや機械類を展示する、灯台を観光地として有効利用している海外の例をヒヤリングする等、メンバーからの斬新なアイデアが次々と飛び交う。竹内市長は、ライトハウス・ラバーズの熱意を受け止め、近い将来、
灯台サミットを実現することを約束してくれた。

 市役所を後にした一行は、市長及び新聞記者の方々と共に、志摩にある3カ所の灯台のうち2カ所、
大王埼灯台安乗埼灯台を訪問する。大王埼灯台は、志摩半島の大王崎の突端に立つ白亜円形の灯台である。1927年(昭和2)10月5日に初点灯したこの灯台は、「伊勢の神崎、国崎の鎧、波切大王なけりゃよい」と船頭たちに唄われていた海の難所で、古くから灯台建設が求められたそうだ。

 市役所から30分程車を走らせると、大王埼灯台の位置する港町にたどり着く。ひもの屋や土産物屋の並ぶ細い路地を進むと、やがて視界が広がり、白亜の大王埼灯台がひょっこりと顔を出す。木札に太い文字で「大王埼灯台」と記された重厚な入口の風情とは対象的に、灯台の裏側は、まるでヨーロッパのカフェテラスを思わせるような真っ白い円柱が涼しげな空間を作っている。
 地元の三重出身で灯台マニアの玉助さんが提案した「オープンカフェ案」に納得がいく。灯台内部には、地元で取れる貝殻や写真が展示されており、市長をはじめとする地元の人々が灯台の活用に積極的であることがわかる。隣接する小さな建物には、灯台に使用されてきた電球、機械、フレネルレンズなどが保管されており、今では貴重となった品々に、釘付けになるメンバーも…。

 大王埼灯台を取り囲む海に視線を降ろすと、海に潜っては顔を出す海女さんの姿が遠目に見える。身にまとうものこそ近代化してはいるが、最近ではなかなか目にすることのなくなった光景である。通りすがりに見かけた木製の台車も、海女さんの仕事道具だという。台車の上には麦わら帽子が被せられ、小さな草履が車輪のストッパーの役目を果たしている。ささやかながら、新鮮な発見にシャッターを切る。


  
 
 海女さんやひもの屋に集う地元の人々が素朴な印象を残す大王埼に後ろ髪を引かれながら、一行は次なる目的地、
安乗埼灯台へ向かう。安乗埼灯台は、志摩半島の的矢湾入口、安乗崎の突端に立つ。周辺は、これまで訪問した灯台同様、伊勢志摩国立公園に指定され、リアス式海岸特有の美しい景観が広がる。
 この地には、すでに江戸時代より和式の灯台があったが、かの有名なブラントンがそれを取り壊して木造八角形の様式灯台を建築し、1873年(明治6)4月1日に初点灯したそうだ。その後、1948年(昭和23)8月に、現在の鉄筋コンクリート造りの四角い灯台に立て替えられたという。
 今回参加したメンバーの中には、灯台守のご子息として、子供時代の一時を安乗埼灯台ですごしたというお二人がいた。西村兄弟である。お兄様の西村達彦さんは、草野球をしていて海に落ちてしまったボールを拾いに崖を降りたことなど、当時小学生だった頃のエピソードを懐かしそうにお話してくれた。
 灯台頂上のテラスから、「大自然」という言葉がぴったりの大海原を眺めながら、子供たちが灯台の下で駆け回って遊ぶ姿を想像してみる。官舎がなくなり、唯の塔のようにそびえ立つ灯台と、公園らしく整備された周囲の景色からは、当時の人々の生活を想像することは難しい。そして、そのことを誰よりも寂しく感じているのはお二人なのだろう。

 灯台と周辺の自然を満喫した後は、市長さんの計らいで、古くから民俗芸能として安乗で親しまれている
文楽の舞台と道具部屋を案内してもらう。灯台ツアーらしい予想外の展開だったが、迫力のある文楽の人形、所狭しと並べられた華やかな衣装、そして文楽の舞台を見学することができ、歴史のある民族芸能の奥深さに少しだけ触れることができた。

 忙しいスケジュールを次々とこなし、すっかりお腹を空かせた一行は、竹内市長を含む志摩市役所の方々と共に、海沿いに位置する民宿
「豊、ゆたか」にて昼食をとる。

 午後2時、楽しい旅が又終わろうとしている。食事を済ませたメンバーは、見納めになる志摩の海岸を散歩する。日本には美しい場所がたくさんあるということを、灯台ツアーは再確認させてくれる。そして、一見似たもの同士の灯台たちがそれぞれ違うように、ツアー参加者の皆さんにも、それぞれ興味深い個性が隠されていることを…。
Written by Y.Fujiki


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