第13回 HAWAIIプチ灯台巡りツアー
    2008年1月24日(木)〜27(日)

「ライトハウスラバーズを
ダイヤモンドヘッド灯台内部にご案内しましょう。」

 アジア太平洋地区の最高司令官であり、ダイヤモンドヘッド灯台の元灯台守の住居に住むオハラ少将が、2007年9月のアメリカ沿岸警備隊の司令官交代式でオーナーのYY氏にかけたそんな言葉がきっかけとなり、2008年1月、オアフ島の灯台を訪ねる旅が実現した。参加者は、海外ツアーの常連で京都から参加のNN&SNご夫妻、滋賀県から参加のHOさん、飛行機通のMNさん、今回が初の海外旅行だというTMさん、前回のツアーから仲間入りしたKTさん、そして主催者のYYさんと私YFの8名だ。

 3泊5日の旅は、ホノルル空港到着と同時に起こったハプニングで幕開けした。入国後JTBの送迎バス乗り場に集合するはずが、一向に姿を見せない方が約1名…。それも、主催者のYYさんである。真冬の東京から打って変わって、午前中とは思えないほど日差しの強いホノルルの空の下、20分…30分…と時間はどんどん過ぎてゆく。1時間が過ぎると、さすがにメンバーも痺れを切らし、YYさんの行方について捜索を始める。どうやら、出国審査に引っ掛かってしまったようだ。『前々から怪しいとは思っていたけれど、まさかここで足止めを食らうとは!』・・・と思った人がいたかどうかはわかりませんが、最悪の場合は2、3時間かかることも稀ではないという話を聞きつけたメンバーは、バスの目的地までとりあえず移動することを決断する。「YYさん、アロハタワーで待っています。グッドラック!」と愛情の籠った置き手紙して…。後ろ髪を引かれながら、軽い足ノリでバスに乗り込んだその時!後方からYYさんが息を切らしながら小走りで現れる。バスの中は大歓声と拍手で盛り上がる。過去に空港側の手抜かりで起こした出国手続きのミスの履歴が災いして、出国審査に引っかかってしまったそうだ。とりあえず、主催者が強制送還になるという最悪の事態を免れることができた。

 アロハタワーのマーケットプレイスからは、人工的に見えるほど澄んだ水色の海が一望できる。水面に目を移せば、カラフルな熱帯魚が群れを成して泳いでいる。

 親指と小指を立てたハワイ式のピースを決めて、お決まりの記念撮影をした一行は、マーケットプレイス内にあるハワイアンダイニングで、ランチタイムをとる。テーブルからは新築のマンションとも思われるような巨大な客船や貨物船が見える。流暢に日本語を話すガイドやウェイターは、まるでアメリカを感じさせないホノルルの街。ダイナミックな風景と大雑把に調理された料理(!)に少しずつ“アメリカの”ハワイだなぁという実感が湧いてくる。

 13時30分、ホノルルのダウンタウンを巡るトロリーツアーの集合場所へ…。「時差ボケでトロ〜リとなるかもしれへん」とのNNさんの駄洒落を軽く聞き流しながら、ハワイらしくカラフルに彩られたトロリーに乗り込む。すぐにキビキビとした中国語訛りのガイドさんの声がバス全体に響き渡る。「皆様、トイレはお済みですかぁ?トロリーに乗ったら、トイレ休憩は一切ありませんよーっ!」まるで小学生に言い聞かせるような口調で、トイレ、トイレと捲くし立てる。苦笑いの面々を乗せたトロリーは、かの有名なカメハメハ王の銅像に向かう。心地よい風に吹かれながら、古い石造りの建物の間をぬけて、やがて太陽を反射して金色に光るカメハメハ大王像がアリ・イオラニと呼ばれる裁判所の古い建物をバックに現れる。トロリーを下車し、「ワダシニツイテキテクラサーーイ!!」と上手いのか下手なのか分からない日本語で仕切るガイドさんに連れられて進むと、木々の枝から根のような枝をヒョロヒョロと地面に下ろした不思議な木々の群衆が現れる。バニアンツリーと呼ばれるその木は、沖縄に生息する「がじゅまる」と同じ種類(ガイドさんは「グアテマラ」と説明していましたが…(笑))で、数十本に分かれて見える木々は、実は一本の木だというから驚きである。

 カメハメハ大王の像の前でお決まりの記念撮影をした一行は、トロリーに乗り込み、アメリカで唯一の宮殿である美しいイオラニ宮殿、1842年に建てられたオアフ島最古の教会であるカワイアハオ教会を車窓から眺める。少し古びたハワイ州庁舎で下車すると、そこで待っていたのは、リリウオカラニ女王の銅像、そしてダミアン牧師の銅像である。凛と佇むリリウオカラニ女王の前で集合写真を撮ろうと皆に声をかけるYYさん。ところが、そこで厳しいオブジェクションが!!「モットイイトコロ、アリマスヨ!ココハ、ギャッコウ。ヨクナイ!!」とガイドさん。これには、さすがに皆あきれて顔を見合すが、ガイドさんは大まじめで「ワダシニツイテキテクラサーイ!」の1点張りである。

 その不思議なキャラクターのせいか、すっかりメンバーとも打ち解けてしまったガイドさん。どうやら8名の関係が気になって仕方がないらしく、「オクサン、フタリダケ?ホカノヒトハ?オイテキタノ?」と不躾に質問してくる。YYさんが、「誰がこの人の旦那さんだと思う?」と独身の私を指して質問する。そこからが大変!好奇心いっぱいのガイドさんの妄想に火がついて、奥様が隣にいるNNさんと夫婦にされたり、顔が似ているとの理由付きでKTさんの娘になったり、旦那がTMさんだからTMさんの義父がKTさんで…と勝手なことを言い出して止まらないガイドさんなのだった(笑)。。。ツアーは最後までガイドさんのペースで、チャイナタウンへ…。活気溢れるチャイナタウンには、中国らしい雑貨や食材が並んでいる。マーケットプレイスの中庭のベンチで、新鮮なハワイ産のフルーツを絞ったジュースを飲みながら休憩する。中国系のガイドさんの案内でチャイナタウンの店に入り、「マンゴの人は?」「グァバは?」と順番に手を挙げさせられ、全員でおとなしくジュースを飲んでいる…。まるで巧みな営業トークに引っ掛かってしまったかのような展開だが、それも又ツアーならではハプニングと思えば笑える。15時半、トロリーはアロハタワーに戻り、「私は誰の奥さんでしょう?」の答えを聞き出して満足顔のガイドさんに別れを告げる。

 本日から3日間を過ごすホテル「キャッスル・マイレ・コート」はワイキキに位置する。各自の部屋で身支度を整えた一行は、ホテルのロビーで集合し、ワイキキのメインストリートであるカラカウア通りへ…。たくさんのブランドショップの建ち並ぶカラカウア通りは華やかな活気に満ち溢れている。10分ほど足を延ばすとポリネシアンディナーショーの開催されるシェラトン・プリンセス・カイウラニに到着する。開演30分前だというのに、会場前にはすでに長蛇の列ができている。ビュッフェスタイルのレストランで空腹を満たすと、小一時間ほどで会場の照明が落ちてショーが始まる。鮮やかな衣装を身につけた美しい女性ダンサーのフラダンスや日に焼けて逞しい男性ダンサーの火を使ったパフォーマンスなど、バラエティに富んだ演出にメンバーたちは皆釘づけになっていた…に違いない。時差ボケでウトウトとしていたYFが激しい太鼓の音に目を覚ますと、舞台には火の輪がボウボウと燃えている。そして、目の前にはパカッと口を開けて天を仰いでいるYYさんが…(笑)。それにもかかわらず、数分後にYYさんは舞台に招かれ、ポリネシアンダンスを踊る羽目に合うのだった。

2日目

 二日目は雨季とは思えないほどの快晴で、絶好の灯台巡り日和となった。ホテルの隣に位置するレストランの屋外のテーブルで、柔らかな朝の日差しを浴びながらアメリカンスタイルの朝食をとる。完璧な一日の始まり…に思えたのもつかの間。Dollarレンタカーの窓口に到着した一行にさらなるハプニングが待っていた。運転担当のYFの免許証がホテルの部屋のスーツケースでおとなしく眠っていることが発覚したのだった。左ハンドル未体験のMNさんが代役を引き受けてくれて、なんとか車2台は出発の途に就いた。

 ワイキキから車を東へ走らせると、真っ青な海と目の前に迫ってくるダイヤモンドヘッドがハワイらしい風景を楽しませてくれる。ダイヤモンドヘッドの山肌を横目に、閑静な住宅地を高台まで登ると、海を臨む一角にダイヤモンドヘッド灯台が顔を出す。純白の角柱とレンズ部の円柱が美しく調和した上品な灯台は、まさに今回の旅の目的地であるオハラ少将の自宅(元灯台守の家)の美しい庭園の一角にそびえ立つ。


ダイヤモンドヘッド灯台


ダイヤモンドヘッド灯台で記念撮影

 オハラ少将の旦那様であるジョージさんの笑顔の歓迎を受け、早速灯台の内部へ向かう。初期のダイヤモンドヘッド灯台は、基礎に致命的なひび割れがはいったため、2〜3年で完全に解体されてしまったそうだ。現在の灯台は、1917年に強固な鉄筋コンクリートで再建設された。丁寧に塗装された階段をはじめ、歴史を全く感じさせないほど灯台の内部は整備されている。踊り場の壁には、ハワイ各地の灯台やかつてのダイヤモンドヘッド灯台の写真がかけられ、小さな窓からは神秘的な海の青色が絵画のように切り抜かれている。

ダイヤモンドヘッド灯台内部にて

 頂上にたどりつき灯台の外部に出ると、生命を謳歌するかのように広がる南国の木々や、パノラマの海にため息がこぼれる。フランスから輸入されたフレネルレンズは、当時のまま90年以上にわたって、海抜45メートルの高さから30キロメートル先まで光をともし続けているという。

ダイヤモンドヘッド灯台内部レンズ

 灯台内部を堪能した後は、元灯台守の住居を建て直したご自宅でダイヤモンドヘッド灯台の歴史を語る資料を見せてもらう。当時の灯火装置など、テーブルいっぱいに並べられた興味深いモノクロ写真の数々に釘づけになる。その一方で、センスの良いインテリアやキッチンの方にも気が取られてしまう。明るいキッチンスペースには、広々としたシンクが2か所あり、海を一望するポーチで食事ができるようになっている。本来の目的を見失い、ご自宅訪問番組のように感激の声をあげるSNさんとYFを、ジョージさんは優しい苦笑いで見逃してくれた。

アメリカコーストガード司令長官
のリビングルームにて


 明るく楽観的な表情のダイヤモンドヘッド灯台と温かい人柄が印象的なジョージさんに別れを告げて、次なる目的地のマカプーポイント灯台に向かう。道中、YY車でトランシーバーを持ったTMさんがMN車に「・・・ドーゾ!」と妙に慣れた口調で連絡してくる。あまりにプロっぽい口調に圧倒され、「リョーカイ。。。」と受信者の声が小さくなってしまう。この頃からメンバーの個性が表れだし、数々の謎が出てくる。謎1=TMさんの巧みなトランシーバー使い、謎2=KTさんの何でも出てくるジャケット、謎3=MNさんの巧みな左ハンドルさばき・・・等。


マカプーポイント灯台

 マカプーポイントは、美しいビーチで有名なハナウマベイに隣接する。緩やかな坂道を、珍しいハワイの植物や雄大な風景を楽しみながら登っていく。途中、山の斜面を覆い隠すようにサボテンが密集している不思議な景色と出合う。想像を裏切るその景色に、ハワイの自然の奥深さに好奇心が掻きたてられる。クジラが顔を出す絶壁や戦死者を祀った石碑に足を止めながら40分程歩くと、マカプーポイント灯台が近付いてくる。絶壁に佇む灯台は思いのほか小さく、海と山を背景にした赤い屋根が、絵本にでも出てきそうな空間を演出している。残念ながら近づくことができないため、灯台をバックに撮影できるベストポイントを探す。灯台マニア根性で危険を顧みず(?)最高の撮影スポットを見つけたメンバーは、海風が激しく吹きつける中で撮影会を楽しむ。1909年に建設されたこの灯台は、高台に位置するため、高さがわずか10メートルほどのずんぐり体型だが、アメリカの灯台としては最も大きな(高さ3.6メートル)フレネルレンズが設置されており、45メートル先からもライトを確認できるそうだ。

マカプーポイント灯台を後ろにみんなで

 愛らしいマカプーポイント灯台を背にした一行は、小さなショッピングモールのハンバーガーショップで少し遅い昼食を取る。次なる目的地のバーバーポイント灯台は、かなり辺鄙な場所に位置するため地図を確認する目も厳しくなる。ところが、出発後ほんの20分ほどで、トランシーバーの連絡が途絶える。どうやら、2台の車はすでに離れてしまったようだ。MN車のメンバーと無事に現地で再会できることを祈りつつ、YY車は時折歩行者に道を訪ねながら、バーバーポイント灯台に到着する。地元の人しか足を運ぶことのないような、殺風景な海岸に歩みを進めると、夕暮れ時の空をバックに、規則正しく並んだヤシの木が海風になびいている。そのヤシの木に競うかのように、背の高いバーバーポイント灯台が空を仰いでいる。初代の灯台は、1796年にイギリス船が座礁するという惨事の約100年後の1888年に建設され、その船の船長ヘンリー・バーバーの名前を取って、バーバーポイント灯台と名付けられたという。その直後に地盤沈下やひび割れのために解体され、現在の24メートルの2代目の灯台が1933年に再建されたそうだ。灯りの部分がむき出しになった灯台は、白い鉄柱のように飾り気のない表情のせいか、わざわざ訪れる人はいないようだ。ライトハウスラバーズは、珍しい来客に違いない。

バーバーポイント灯台

 それにしても残りの来客は、今頃どこにいるのだろう?MN車と音信不通になってから一時間以上がたっている。きっとホテルに戻っている頃だろう…とあきらめて車に乗り込もうとしたその時、MN車が現れる。一仕事を終えたような安堵のこぼれる面々との再会に、拍手喝さいが起こる。初海外体験者のTMさんが道を尋ねながら、初左ハンドル体験者のMNさんの運転でこの僻地に辿りついたエピソードは、ハプニング手帳(?)の記録に残ることは間違いないでしょう。。。刺激的な灯台ツアーの一日の終わりは、アウトリガー・ワイキキ・ホテル内のチャックス・ステーキハウスにて、ハワイのステーキを堪能する。一時は真っ青になっていた(かもしれない)面々も、アルコールで赤く染まり、冗談混じりの会話に花が咲く。食後は夜のワイキキビーチを散歩する。夜風に吹かれながら贅沢な時間に浸っていると、突然KTさんが淡々と語り出す。「このビーチの白い砂は他のビーチから運んできたもので、本当は黒いんですよ。」…この瞬間、「KTさんを連れてこなければ良かったな…」というYYさんの辛口ジョークに異論のある人はいなかったことでしょう(笑)

3日目

 「優雅な朝食のひとときを!」という企画で、3日目は少し早めに集合し、モアナ・サーフ・ライダー・ホテルで朝食を取る。モアナ・サーフ・ライダーは、ハワイ・ワイキキ最古のホテルで"ワイキキのファーストレディ"の称号を持つ高級ホテルだ。上品な白色を基調にした建物に入り、風通しの良いロビーを抜け、海に面したレストランへ…。ビーチが一望できるポーチにセットされたテーブルに通される。バイキング式に並べられた料理に目移りしながら、好きなものを皿に盛る。海を眺めながら贅沢な朝食を取るメンバーには、今日のハプニングに期待する余裕さえ感じられるようだ。

 最終日は、パールハーバーやアリゾナ記念館を見学するグループとノースショア周辺の町や自然を楽しむグループに分かれることになる。15時にノースショアの町、ハレイワのマクドナルドに2台が集合するという約束のもとで…。YY車には、KTさん、HOさんが乗り込み、パールハーバーへ、免許証忘れの汚名を晴らすYF車には、TMさん、MNさん、NN&SNご夫妻が乗り込み、それぞれ出発する。ノースショア方面に車を走らせると、ホノルルとは一転して鮮やかなグリーン、土の色、空の色が見事に調和した美しい田舎の風景が広がる。飽きることのない風景を眺めながら、まずはドールの工場で休憩する。お土産店には、パイナップルをモチーフにした雑貨や衣類が所狭しに並んでいる。店の裏には、果てしなくパイナップル畑が広がり、美味しい空気を胸いっぱいに吸いたくなる。サーファーの聖地と言われるノースショア付近には、遊び所がたくさんある。MNさんとTMさんは、その一つであるグライダーに目をつけたようだ。まずは小型飛行機に引っ張られて上空900メートルまで上昇し、そこで切り離されて風を切って滑空するという乗り物である。グライダー乗り場の受付で簡単な手続きを済ますと、小さなグライダーには不似合いな恰幅の良い操縦士の男性が現れる。空を見上げるとカラフルなグライダーが空を滑るように飛んでいる。MNさんの誘いを受けていたものの、臆病者のYFは遠慮することにし、NN&SNさんご夫妻と共に近くの海岸で散歩することにする。海岸には、ほとんど人気がなく、楽園と呼ぶのにふさわしい澄み切った海と真白の砂浜が続いている。

 30分ほどで空の旅を終えたグライダー組と合流し、ノースショアの入り口に佇む小さな町ハレイワへ向かう。創業50年以上の老舗であるマツモト・グロサリー・ストアの前では、名物のシェイブアイス(かき氷)を食べる姿が見られる。グロサリー・ストアの向かいには、リリウオカラニ・プロテスタント教会が古き良きアメリカを想わせる風情で佇んでいる。ショッピングモールで解散し、集合時間の15時まで、それぞれ気ままにすごすことにする。古い看板、カラフルな家屋、鶏が歩き回る素朴なショッピングモールなど、ハレイワには写真に収めたくなる風景が到る所にある。集合時間の15時、マクドナルドで休憩しながらYYさんのグループを待つ。結局タイムリミットの16時がやってきても、YY車は現れず、オアフ島の海岸線をほぼ半周するコースでワイキキに向けて出発することにする。

 きれいな景色と出合うと車を止めて、海をバックに撮影会をする。インディージョーンズの映画に出てきそうな山や不思議な植物に驚いたり感動したりしながら、賑やかなノースショア組のドライブはやがて夜のワイキキに幕を閉じる。夕暮れ時のサンセットビーチでの撮影は残念ながら逃してしまったが…。


ノースショアにて

 夜はメンバー全員が合流し、近所のタイレストランで一日の出来事を語り合う。YY車組は、日本が第二次世界大戦で無条件降伏を調印したミズーリ号に乗船し、調印式をした甲板や船内を見学した後、日本軍の奇襲攻撃に撃沈されたアリゾナ号の記念館を見学したそうだ。日本人として胸に迫るものがあったに違いない。

 短い旅の終わりが近付こうとしている。最終日の夜は、ピンク色がトレードマークのロイヤル・ハワイアンのバーでワイキキビーチを眺めながらすごす。慌ただしい旅の疲れでウトウトと眠りにつく姿も見られる。イベント満載の旅に想いを馳せながら、ワイキキビーチに祈りをこめて乾杯をする。

 『明日はハプニングがありませんように!』

Written by Y.Fujiki
Photo by M.Nishimua


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