第12回 角島の灯台を訪ねる旅
    2007年10月12日(金)・13日(土)

1日目: 
 2007年10月12日(金)9時05分、秋晴れの中、ライトハウスラバーズを乗せた飛行機は北九州を目指して羽田空港を離陸する。今回訪れるのは、かの有名な山口県の角島灯台北九州の灯台達だ。遠足のような雰囲気の中、一行は1時間半ほどのフライトの後、北九州空港に到着する。
 空港の明るいロビーでは、元海上保安庁職員で今回案内役を務めてくださるTHさんと、ライトハウスラバーズの大御所のTTさんが出迎えてくれた。もう1名空港で落ち合うはずのYKさんは、急遽予定を変更して門司港に直行するらしい。我々もレンタカーをして、門司港への道を急ぐとしよう!


 ツアー開催も12回目となると、さすが主催者YYさんの大型バンの運転はこなれたもの。運転をしながら「皆さん、寒くないですか?」と後ろをしっかりと振り向いて聞いてくれる。時々両手がハンドルから離れてジェスチャーに変わる(そんな訳で、車内はいつも大騒ぎです)。

 近代的な北九州空港を出ると、閑散とした街並みが続く。人通りの極端に少ない道、塗装の禿げた看板の文字、ここ何年も開いていないと思われる店のシャッターなど、空港周辺の町並みには、どこか廃退した雰囲気がある。車窓からの風景が、しっとりとした温かみのある町並に変わると、門司港に着いたことを知らされる。
 門司港は明治22年(1889年)に開港し、北九州の工業力と結びついて大陸貿易の基地となった。最盛期には、1ヶ月に2000隻近い外港客船が入港し、国内航路を含めて年間600万人近い乗降客がいたという。なるほど、このどこか異国情緒のある雰囲気の由来はそこにあるようだ。
 JR門司港駅は門司港で中心的な観光スポットでもある。大正3年(1914年)に建てられた九州で最も古い木造の駅舎は、当時のまま残され、構内に入るとタイムスリップしたような気分になる。タイムスリップはさておき、まずは、この現実の空腹を満たさなければ…。門司港駅にて、YKさん、HOさん、MYさんが加わり、20名のライトハウスラバーズ全員が中華料理の店「門司倶楽部」で顔合わせとなる。久し振りの再会に、新しい出会いに、そして華やかな食卓に一同は盛り上がる。

 午後1時30分、一行を乗せた車は、部埼(へさき)灯台に到着する。関門海峡の東の玄関口に当たる部埼灯台は、慶應3年(1867年)4月、幕府が兵庫開港に備えて英国と約定した5灯台(友ヶ島、江崎、和田岬、六連島、部埼)の一つで、英国人技師ブラントン氏の設計によって建設された重厚な石造りの灯台である。初点灯は明治3年(1873年)。九州に現存している洋式灯台では、最も古い灯台だという。
 息を切らしながら石の階段を登ると、海に張り出した見晴らしの良い丘陵地に純白の美しい灯台が現れる。半円形の土台部分の上にレンズ部があるという珍しいデザイン。背が低くこぢんまりとしていながら、何とも上品な佇まいの灯台である。灯台のてっぺんにある風向計の丸みを帯びた東西南北の文字が、優しい雰囲気を演出している。海上保安部の方々の案内により、灯台の内部へ…。
 1895年フランス製の回転式レンズが今も使用されている。サウナの様に暑い室内にもかかわらず、皆の感嘆の声とシャッター音がいつまでも響いて止まない。小さなドアを開けて踊り場へ出ると、左手に関門海峡、右手に瀬戸内海が広がり、カラフルな船が穏やかな波間に浮かんでいるのが見える。
 資料館と灯台を堪能した後は、美しい風景をバックに記念撮影。撮影の間中、背の高い雑草が写真に入らないように押さえてくれていた海上保安部の方がとても印象的だった。(海上保安部の方々、本当に御親切にありがとうございました。)

 さて、一行は次なる目的地である角島灯台へ向かう。山口県下関の角島に位置する角島灯台は、明治6年にブラントン氏により設計され、明治9年に日本海側初の石造りの灯台として、初点灯し現在も活躍している。
 1時間ほど車を走らせると、角島大橋という文字が見えてくる。本土と角島を結ぶ角島大橋はなんと1,780mもあるらしい。どこまでも続く橋と車窓の両側に広がる大海原のダイナミックな景色に、一同からはため息が漏れる。島の長閑な道を進むと、海を一面に臨む角島公園に辿り着く。そして、優雅な角島灯台が顔を出す。御影石の淡いグレーの外観には、「歴史的ロマンを秘めた灯台の美しさは日本一」と謳われるとおり、歴史の趣を感じさせる風格がある。
 当時のまま残っている官舎のせいもあるのだろうか?映画や小説の一風景に見えてくる。そんな雰囲気に浸りながら、夕日の差し込む官舎をカメラに収めようと試みる。ところが、常にファインダーの向こうには、ライトハウスラバーズのメンバーが!角度を変えてみても、又そこには別のメンバーがワラワラと現れる…(!)そんなわけで、私のアーティスト気どりの試みは失敗に終わる。
 角島灯台の高さは29.6m。なるほど、らせん階段が果てしなく続く訳だ。メンバー最年長、84歳のGOさんを励ましつつ、自分も励ましながら頂上まで登る。フレネルレンズが見えてくると、冒険心が掻きたてられ足取りも軽くなる。さすがに30m近くある灯台だけあって、踊り場から見る風景は絶景!!豆粒みたいに小さくなった他のメンバーに手を振る。
 長い一日に夕暮れ時が訪れ、灯台内部を満喫した後は、静かに点灯する灯台を皆で眺める。美しいレンズの光が海にスーっと射す瞬間は、おしゃべりなメンバーも暫し言葉を失う。優しい波の音を聞きながら灯台の光を眺めて過ごす、幸せな時間。ふと後ろを振り向くと、広場にある遊具の船上から灯台を眺めるメンバーが影のように浮かんでいる。うす暗い中に浮かぶ大人たちの影が、なぜだか海賊ごっこをしている少年達のように見えてくる。灯台の側にいると芽吹く、子供の心に戻るような感覚のせいだろうか?

 後ろ髪を引かれながら灯台を背にする一行は、門司港ホテルへの帰途につく。今夜の夕食は、地元料亭の郷土料理。門司港の古い商店街からさらに小さな路地に足を進めると、気さくな店構えの「はなのつゆ」に到着する。
 お膳いっぱいに並んだ北九州の新鮮な魚介類とお酒を楽しみながら、疲れ知らずのライトハウスラバーズの会話が弾む。モテモテだった若い頃の話を赤裸々に語る人に、皆があきれて…いや、興味津々に注目する場面もあった。
 夜の門司港の町もなかなか味わい深いものだ。心地よい夜風に吹かれながら、ホテルまでの道を皆でのんびりと歩く。ホテル近くのウォータフロントからは、門司港と下関を結ぶ関門橋と下関の夜景が広がる。夜景をデジカメに収めようと試みる撮影隊に紛れて、いつまでも眺めていたいような温かい景色に浸る。夜景撮影とホテルの部屋での宴会に1日の終わりを惜しみながら、ライトハウスラバーズの夜は更けていった。

2日目:
 午前9時、バイキングの朝食をそれぞれ済ますと、小倉港に向けて出発する。白州灯台を間近に見ようと、オーナーのYYさんが漁業組合と交渉を繰り返し、定価の半額で漁船を2隻出してもらうことに成功したという。
 港に到着すると、漁師さんが12,3名用の漁船と、8名用の小さめの漁船を着けて待っていた。船に乗り込み、無造作に投げられているライフジャケットを身につける。期待に胸を膨らませつつ、緊張感がこみ上げる。小さな船は出港すると、驚くほど速いスピードで走りだす。船酔いの心配も束の間、風を切りながらの船旅は爽快そのもの!2隻の船からお互いに声を掛け合ったり、写真を撮り合ったり、メンバー全員が子供のように大はしゃぎをしている。
 船からは、北九州ならではの風景が横長に広がる。延々と連なる古びた工場、近代的な風車、そして長閑に浮かぶ小さな島々。少し後を追いかけてくるもう一隻の漁船を見ると、カメラを抱えたメンバーが落ち着きなく船上を歩き回っている様子が伺える。
 漁業組合に交渉した時、白州灯台のことを知らない漁師の方がいたと聞いて驚いた。灯台の価値が認識されていないとしたら、灯台を見てウットリとしているこの集団は一体どう思われているのだろう?はるばる東京から光を求めてやってきた灯台教の信者たち?!





 やがて、ミニチュアのように小さな白州灯台が見えてくる。不安定な船上で立ち上がり、なんとかシャッターを切る。白と黒の縞模様が少しずつ近づいてくる。
 白州灯台は海抜4m の岩礁である砂丘にぽつりと建っている。満潮時には砂丘が隠れてしまうため、上陸は年に一度の清掃時などに限られているという。
 およそ200年前に小倉で生まれた岩松助左衛門は、57歳の時に小倉藩から難破船を救助する役に任命された。白洲付近で難破する船の救助に出動し、その惨状に灯台建設の大望を抱いた。灯台建設の願書を藩に提出した岩松助左衛門は、募金活動によって資金調達を自ら行い、一生を灯台建設に捧げたそうだ。彼の死後、明治政府が引き継いで、1873年に完成したのが現在の白州灯台である。
 塗装もはげ落ち、年月の流れを感じさせる現在の白州灯台は、荒波に打たれながら船の安全を見守り続ける灯台ならではの凛々しい表情を見せてくれた。漁船は白州灯台を後にすると、点在する島の一つである六連島に向かう。六連島を横目に見ながら進むと、山間から真っ白い灯台の頂上部分が顔を出す。残念ながら上陸は果たせなかったが、船から見る六連島灯台の優しげな表情に出会えた。

 楽しい船の旅から戻ると、そこには10歳ずつ若返った皆の姿があった。旅の疲れも潮風が吹き飛ばしてくれたように皆の足取りが軽くなっている。イケ面の船頭さんのおかげで船酔いせずに済んだ人もいたらしい(?)。小倉の街で有名な手作りハンバーグの店で腹ごなしをしながら、早速白州灯台の感想や写真比べに盛り上がる。
 午後は、勝山公園を散策しながら小倉城内の岩松翁顕彰櫓へ。岩松翁顕彰櫓は、岩松助左衛門の偉業を顕彰するために、彼の設計した灯台を模したもので、小倉城内松の丸に建立されている。小さな日本建築風の灯台を眺めていると、白州灯台という形で今なお引き継がれている岩松助左衛門という人物の情熱に頭の下がる思いがする。
 小倉城を後にし、ライトハウスラバーズは広島県西条の酒祭りに参加するメンバーと、帰路に就く門司港の町散策組に分かれる。お互いに握手をしたり、ふざけ合ったりの解散会。ほんの一日と数時間を共にしたメンバーだが、不思議と名残惜しい気分になる。門司港散策組の私は、今回のツアーに想いを巡らせながら、一人のんびりと歩いてみた。ロマンチックなウォーターフロントを、洋館風の古い建物の並ぶ通りを、そして、風情ある民家の立ち並ぶ路地や市場を…。
 今回訪れた角島灯台、部埼灯台、そして白州灯台はすべて、門司港の古い町並のように大切に保存されていた。心ある人々の情熱と尽力のおかげで。そして、ライトハウスラバーズとの素敵な思い出が又一つ増えた。心
からどうもありがとう!
Written by Y.F

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